カテゴリー:自由
author: Masahiko Kato
高校1年生の時友人に誘われて初めて旅に出ました。
男4人の静岡への1泊2日の旅でした。
この時初めて新幹線こだまに乗った記憶があります。
家族旅行は別として、この時が個人的な旅のスタートでした。

高校2年の春、クラスメイトM君と2人で春休み15日間を利用し九州一周の旅に出かけました。
クラスメイトの親戚が長埼・平戸にあって、そのお宅に宿泊させてもらって、その後は一人ずつになって最終日に北九州で一緒になって帰ってきました。
九州までは超満員の鈍行列車に揺られて、平戸から佐世保へ船に乗り、その後はもっぱらヒッチハイクの旅、学校やお寺、公園や駅などをお借りしてシュラフで寝ました。
往復の切符と少しばかりのお金を持っていましたが、ほとんど文無し、若くて健康ですから当時は怖いものなしでした。
背中に背負ったリュックの中には固形燃料やインスタントの食料がありました。

旅の途中にはサプライズもあるものです。
宮崎・青島では高校1年時の担任の先生が新婚旅行中でばったりと遭遇しました。
鹿児島の指宿では入った銭湯がなんと混浴でびっくりしました。
親には心配かけたかもしれませんが、義務教育でないのに甘えて高校時代はとにかくよく学校を休みました。
何とか落第は逃れたものの、始めて通知表に1という評価を頂いたのはこのころです。
とにかく勉強しなかったものですから・・・。
そして高校2年以降は1週間以内の短い旅を何度か経験しました。
その全てがヒッチハイクと無銭旅行でした。
高校卒業後は社会人となって働き、社会人・浪人を経て2年後に大学に入ったことも旅でした。
また中央大を経て弁護士の夢に挫折経験し、2年次から法政大に編入したのもある意味旅だったかもしれません。
就職困難な時期でマスコミの夢を断ち切ったのも今となってはよい経験でした。
高校の文化祭に『旅のエッセイ』という文集を出典しました。
そしてその中に「自分は将来旅を日常化したい、それが夢」と書かせて頂きました。
新婚旅行が僕にとって初めての海外旅行でした。(行先はギリシャでした)
目を患いアテネで病院へ行った想い出があります。
1973年までは、1ドルが360円の時代で海外の旅は高価なものでした。
その後は家族で、また会社の旅行で随分と国内外の各地を旅行させていただきました。

サラリーマン生活を終え住宅会社の顧問を中心とした生活をさせて頂いています。
独立して19年経過しました。
有難いことに沖縄を除く46の都道府県で仕事の御縁をもらいました。
北海道も丸2年間、毎月2回の仕事をこなしました。
全国各地に多くの貴重な財産となる思い出が作れました。
そして、お陰様でたくさんの感動を味わうこともできました。
コロナ禍になる前の10年間は年間にホテル宿泊が150泊という日々を送りました。
まさに「旅を日常化する」自己実現だったように思います。
かつて母親に言われました。
「あなたは放浪癖があるね」と。
何でも父方の祖先(父親の曽祖父)が虚無僧となって家を出て帰らなかったそうです。
そんな血が身体を流れているのかもしれません。
コロナを起点として仕事量は減ってはいますが、まだまだ旅は継続中です。
忙しさがなくなり、自由な時間が増えました。
かえって良かったのではと思ってもいます。
1年前の腰の手術以来、週2日のリハビリが続いています。
こうやってこのホームページ上でのブログも2004年から2500回を超えてきています。
心の旅が続いています。
旅を経験するたびに世界は狭いとつくづく感じています。
私達が住む日本はというと飛行機で飛べばたったの2時間、小さな国です。
戦争なんかやればすぐにでも壊れてしまうでしょう。

地球温暖化で異常気象が続いています。
今迄例を見ない火災や台風、地震も起きてきています。
環境問題が深刻化してきています。
地球規模で将来を考えなくてはいけない時代に、絶対にあってはいけない戦争が現実化しています。(悲しい事実です)
そこは破壊の世界です。
住宅建設の仕事は建設的な仕事です。
住宅建設の仕事は人を幸せにする仕事です。
平和な生活を建設しようとする素晴らしい仕事です。
こういった仕事に就かせていただいたことに感謝しながら、もう少し旅を続けていきたく思っています。

今もなお、毎日が学びの連続です。
手術で少し不自由になった身体と戦いながらも、住宅建設に情熱を持ち続ける仲間と一緒に毎日を旅していきたいと望んでいます。
男4人の静岡への1泊2日の旅でした。
この時初めて新幹線こだまに乗った記憶があります。
家族旅行は別として、この時が個人的な旅のスタートでした。

高校2年の春、クラスメイトM君と2人で春休み15日間を利用し九州一周の旅に出かけました。
クラスメイトの親戚が長埼・平戸にあって、そのお宅に宿泊させてもらって、その後は一人ずつになって最終日に北九州で一緒になって帰ってきました。
九州までは超満員の鈍行列車に揺られて、平戸から佐世保へ船に乗り、その後はもっぱらヒッチハイクの旅、学校やお寺、公園や駅などをお借りしてシュラフで寝ました。
往復の切符と少しばかりのお金を持っていましたが、ほとんど文無し、若くて健康ですから当時は怖いものなしでした。
背中に背負ったリュックの中には固形燃料やインスタントの食料がありました。

旅の途中にはサプライズもあるものです。
宮崎・青島では高校1年時の担任の先生が新婚旅行中でばったりと遭遇しました。
鹿児島の指宿では入った銭湯がなんと混浴でびっくりしました。
親には心配かけたかもしれませんが、義務教育でないのに甘えて高校時代はとにかくよく学校を休みました。
何とか落第は逃れたものの、始めて通知表に1という評価を頂いたのはこのころです。
とにかく勉強しなかったものですから・・・。
そして高校2年以降は1週間以内の短い旅を何度か経験しました。
その全てがヒッチハイクと無銭旅行でした。
高校卒業後は社会人となって働き、社会人・浪人を経て2年後に大学に入ったことも旅でした。
また中央大を経て弁護士の夢に挫折経験し、2年次から法政大に編入したのもある意味旅だったかもしれません。
就職困難な時期でマスコミの夢を断ち切ったのも今となってはよい経験でした。
高校の文化祭に『旅のエッセイ』という文集を出典しました。
そしてその中に「自分は将来旅を日常化したい、それが夢」と書かせて頂きました。
新婚旅行が僕にとって初めての海外旅行でした。(行先はギリシャでした)
目を患いアテネで病院へ行った想い出があります。
1973年までは、1ドルが360円の時代で海外の旅は高価なものでした。
その後は家族で、また会社の旅行で随分と国内外の各地を旅行させていただきました。


サラリーマン生活を終え住宅会社の顧問を中心とした生活をさせて頂いています。
独立して19年経過しました。
有難いことに沖縄を除く46の都道府県で仕事の御縁をもらいました。
北海道も丸2年間、毎月2回の仕事をこなしました。
全国各地に多くの貴重な財産となる思い出が作れました。
そして、お陰様でたくさんの感動を味わうこともできました。
コロナ禍になる前の10年間は年間にホテル宿泊が150泊という日々を送りました。
まさに「旅を日常化する」自己実現だったように思います。
かつて母親に言われました。
「あなたは放浪癖があるね」と。
何でも父方の祖先(父親の曽祖父)が虚無僧となって家を出て帰らなかったそうです。
そんな血が身体を流れているのかもしれません。
コロナを起点として仕事量は減ってはいますが、まだまだ旅は継続中です。
忙しさがなくなり、自由な時間が増えました。
かえって良かったのではと思ってもいます。
1年前の腰の手術以来、週2日のリハビリが続いています。
こうやってこのホームページ上でのブログも2004年から2500回を超えてきています。
心の旅が続いています。
旅を経験するたびに世界は狭いとつくづく感じています。
私達が住む日本はというと飛行機で飛べばたったの2時間、小さな国です。
戦争なんかやればすぐにでも壊れてしまうでしょう。


地球温暖化で異常気象が続いています。
今迄例を見ない火災や台風、地震も起きてきています。
環境問題が深刻化してきています。
地球規模で将来を考えなくてはいけない時代に、絶対にあってはいけない戦争が現実化しています。(悲しい事実です)
そこは破壊の世界です。
住宅建設の仕事は建設的な仕事です。
住宅建設の仕事は人を幸せにする仕事です。
平和な生活を建設しようとする素晴らしい仕事です。
こういった仕事に就かせていただいたことに感謝しながら、もう少し旅を続けていきたく思っています。

今もなお、毎日が学びの連続です。
手術で少し不自由になった身体と戦いながらも、住宅建設に情熱を持ち続ける仲間と一緒に毎日を旅していきたいと望んでいます。
カテゴリー:自由
author: Masahiko Kato
新幹線の移動中の時間は僕の一番の癒しのひとときでもあります。
そんな時、よく手にとって目にする雑誌があります。
「ひととき」という新幹線車内誌なのですが・・・。

この雑誌の冒頭には第16代茶道家元の「千宗室」氏が毎回コラムを書かれているのですが、その流暢な言葉の綴り荷はいつも感心してしまいます。
さすが、千利休を祖とする家柄というか、よくまあこういった文章が書けるものだと思ってしまうのです。
例えば、『秋の夜の酒』「しっとりとした仲秋の夜だった。私は先斗町に近い路地の酒場にいる。先ほど解散した宴の喧騒がまだ耳たぶに引っ掛かっていて、心がクールダウンを求めていた。ここは品の良い、酒場らしい酒場だ。肘を乗せているカウンターは一枚板で長い。10メートルぐらいあるかもしれない。しぼった照明がぽつんとカウンターに浮かぶ。それが遠浅の浜辺に迷い込んできたクラゲのように濁っていて、妙に懐かしい。・・・・・」
…といった感じなのですが、よくまあこのように表現できるものだと、ついため息をついてしまうほどなのです。
僕にも努力すれば近づけるものかもしれませんが、生れ持ったセンスというか才能というものがあるのでしょうね。
もっぱらこのコラムの文章に心地よい酔いを求めている自分がいるのかもしれません。
そんな時、よく手にとって目にする雑誌があります。
「ひととき」という新幹線車内誌なのですが・・・。


この雑誌の冒頭には第16代茶道家元の「千宗室」氏が毎回コラムを書かれているのですが、その流暢な言葉の綴り荷はいつも感心してしまいます。
さすが、千利休を祖とする家柄というか、よくまあこういった文章が書けるものだと思ってしまうのです。
例えば、『秋の夜の酒』「しっとりとした仲秋の夜だった。私は先斗町に近い路地の酒場にいる。先ほど解散した宴の喧騒がまだ耳たぶに引っ掛かっていて、心がクールダウンを求めていた。ここは品の良い、酒場らしい酒場だ。肘を乗せているカウンターは一枚板で長い。10メートルぐらいあるかもしれない。しぼった照明がぽつんとカウンターに浮かぶ。それが遠浅の浜辺に迷い込んできたクラゲのように濁っていて、妙に懐かしい。・・・・・」
…といった感じなのですが、よくまあこのように表現できるものだと、ついため息をついてしまうほどなのです。
僕にも努力すれば近づけるものかもしれませんが、生れ持ったセンスというか才能というものがあるのでしょうね。
もっぱらこのコラムの文章に心地よい酔いを求めている自分がいるのかもしれません。
カテゴリー:自由
author: Masahiko Kato
東京で顧問会社の仕事があり、その後時間を見つけて池袋のサンシャイン水族館に顔を出してみました。
ここは最近リフレッシュされたばかり、子供さんを連れた家族連れも数多く見受けられましたが水中をすいすいと泳ぐ魚の姿を目にすると癒されますね。
なんでも最近、記念切手まで発行されたらしいんです。


毎日が仕事の連続である僕に会ってはこういったひとときが大切なような気がしてなりません。
随分と久しぶりの水族館見学でしたがモチベーションアップに役立ったように思われました。
水族館の水槽にはたくさんの生き物が展示されていました。色鮮やかな生き物、形の変わった生き物、エーッというほどの大きなものから目をこらさないと見えてこない小さな生き物まで・・・職員の方がサンゴの清掃をしてらっしゃる大きな水槽の中には、それはたくさんの魚たちが気持ちよく泳いでいましたね。
アシカやラッコ、ペンギンは人気者ですね。多くの人だかりでした。
ざっと1時間の癒しの時間でしたが、気分爽快、明日の仕事に向けて活力が増してきたように思われました。
ここは最近リフレッシュされたばかり、子供さんを連れた家族連れも数多く見受けられましたが水中をすいすいと泳ぐ魚の姿を目にすると癒されますね。
なんでも最近、記念切手まで発行されたらしいんです。





毎日が仕事の連続である僕に会ってはこういったひとときが大切なような気がしてなりません。
随分と久しぶりの水族館見学でしたがモチベーションアップに役立ったように思われました。
水族館の水槽にはたくさんの生き物が展示されていました。色鮮やかな生き物、形の変わった生き物、エーッというほどの大きなものから目をこらさないと見えてこない小さな生き物まで・・・職員の方がサンゴの清掃をしてらっしゃる大きな水槽の中には、それはたくさんの魚たちが気持ちよく泳いでいましたね。
アシカやラッコ、ペンギンは人気者ですね。多くの人だかりでした。
ざっと1時間の癒しの時間でしたが、気分爽快、明日の仕事に向けて活力が増してきたように思われました。
独立して皆さん方から今まで頂いた名刺がちょうど1万枚になろうとしています。
せっかくの「御縁」をいただいたわけですが、なかなか整理整頓が出来ていなくてずっと書棚の中に眠っている状態です。
なんとかもっと有効に利用できないかということで今回導入したのがSCANSNAPです。

このソフトはなかなかの優れモノ、名刺を入れると(しかもまとめて20枚づらいはOKです)中の機会がそれを読み取って、データとなって現れます。
表面と裏面も同時に読み取り複雑な名刺やユニークな名刺にも対応します。
どこまで上手く活用できるかは今後の自分次第となるのでしょうが、年齢と共に新しいものへの抵抗が出来てくる事への挑戦もあって今回使ってみようと思っています。
時代と共に次々と新しいツールが登場します。
便利なものを使いこなすこと、使いこなさないと何もかも不便なものとなってしまいます。
自分への挑戦はこれからも続きます。
せっかくの「御縁」をいただいたわけですが、なかなか整理整頓が出来ていなくてずっと書棚の中に眠っている状態です。
なんとかもっと有効に利用できないかということで今回導入したのがSCANSNAPです。


このソフトはなかなかの優れモノ、名刺を入れると(しかもまとめて20枚づらいはOKです)中の機会がそれを読み取って、データとなって現れます。
表面と裏面も同時に読み取り複雑な名刺やユニークな名刺にも対応します。
どこまで上手く活用できるかは今後の自分次第となるのでしょうが、年齢と共に新しいものへの抵抗が出来てくる事への挑戦もあって今回使ってみようと思っています。
時代と共に次々と新しいツールが登場します。
便利なものを使いこなすこと、使いこなさないと何もかも不便なものとなってしまいます。
自分への挑戦はこれからも続きます。
学生結婚した娘の子供の2歳の誕生日をお祝いしました。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
学生結婚した娘の子供の2歳の誕生日をお祝いしました。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
学生結婚した娘の子供の2歳の誕生日をお祝いしました。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
男の子です。未だ2歳なのに、もう走り回って眼が離せません。大変です。
小さなケーキにろうそくを2本立てたところ、解るのでしょうか「フーッ」と自分から火を消しました。
我々が「♪ハッピー・バースデイ・トーユー」と歌います。
本人はすっかり英雄気分です。(なんと可愛いですね。)
つい眼を細めてしまっている自分がいます。(笑)
前日は親しくさせて頂いている会社の社長の息子さんの結婚式に招待されました。
こちらは幸せいっぱい、とても素敵なカップルでした。
名古屋市が一望できるホテル28階の式場で永遠の愛を宣誓です。
「いいですね」ご両親の気持ちもわかりますし、若いカップルが羨ましくもあります。
過ぎ去ってみると人生はあっという間に流れていくものですね。
小さな子供も知らない間に成長していくことでしょうし、夫婦となったお二人も親となり子供さんにも恵まれていくのでしょう。
何か2日間のうちに凝縮した人生を見たような気分になってしまいました。
すこやかに成長していってほしいものです。
また幸せな家庭を築いていってほしいものです。
今年最後のオフィスのお掃除でした。
友人である「地球写真家の石井友規君」が朝からお手伝いに来てくれ大変に助かりました。
今年は27歳の将来性抜群の彼に随分と仕事をしてもらいました。
また仕事の紹介もしました。
な・何と終わってみたらゴミ袋たっぷり12袋にも・・・。
お蔭さまですっかり、事務所が綺麗になりました。
びっくりしました。
こんなに今年モノが増えていたのかと驚くように書類がいっぱい出てきました。
不要なものを捨てる勇気が欠けていたのかもしれません。
ついつい思い出を貯めこんでしまう性分なのかもしれませんね。
反省・・・・です。
企業でも整理・整頓・清掃は重要な位置づけがされていますね。
時間を無駄にしない為にも、会社を好きになる為にも大切なことですね。

これで気分一新、新しい年へのモチベーションも上がりそうです。
新しい年を、新しい気分でさあ来年も頑張っていくぞぉ~。
友人である「地球写真家の石井友規君」が朝からお手伝いに来てくれ大変に助かりました。
今年は27歳の将来性抜群の彼に随分と仕事をしてもらいました。
また仕事の紹介もしました。
な・何と終わってみたらゴミ袋たっぷり12袋にも・・・。
お蔭さまですっかり、事務所が綺麗になりました。
びっくりしました。
こんなに今年モノが増えていたのかと驚くように書類がいっぱい出てきました。
不要なものを捨てる勇気が欠けていたのかもしれません。
ついつい思い出を貯めこんでしまう性分なのかもしれませんね。
反省・・・・です。
企業でも整理・整頓・清掃は重要な位置づけがされていますね。
時間を無駄にしない為にも、会社を好きになる為にも大切なことですね。


これで気分一新、新しい年へのモチベーションも上がりそうです。
新しい年を、新しい気分でさあ来年も頑張っていくぞぉ~。
福島県郡山市に来ています。
地元で頑張っている工務店さんへの支援で顔を出しました。
まず最初に展示場を見せて頂きましたが「素晴らしい!」の一言でした。
ただ今の時代、住宅の魅力だけでは業績に繋がりません。
社員も商品という自覚が必要ですね。
建物と社員が一体となった、より強い会社づくりに貢献したく思っています。


帰り道、この地域の名物「ゆべし」をいただきました。
源平の時代に生まれたとも伝えられ、保存食・携帯食から時代と共に現在のようなお菓子に変化してきたと言われています。
本来は柚子の実の上部を切り取り、そこから中身を切り抜いて柚釜を作り、そこに柚子の果肉,もち米粉、上新粉、白みそ、砂糖などを混ぜたものを入れてむしたものを言います。ただ東北地方の「ゆべし」には柚子は入ってなく、味付けは醤油ベースで砂糖や黒砂糖の甘味で出来上がっています。もちもちとした感覚が歯ごたえがあって美味しいものですね。嫌みのない甘味もいい感じで口いっぱいに広がります。餅菓子といえるでしょうか。地域に馴染んで名物となってきたんですね。
お弁当は「牛肉の味噌やき弁当」です。
しっかりと盛りつけられたご飯の上に味噌漬けの牛肉の焼いたものが一面に広がっています。このお肉、味噌の味がついていて実に美味いですね。ご飯が自然に進みます。
久しぶりのブログ上でのお弁当紹介となりましたが、仕事帰りの空腹を満たすには最高のひと時でもあります。
地域を知り、地域の名物となる食品もそうですが、我々も地域に根差した住宅会社へと努力していきたいものです。
地元で頑張っている工務店さんへの支援で顔を出しました。
まず最初に展示場を見せて頂きましたが「素晴らしい!」の一言でした。
ただ今の時代、住宅の魅力だけでは業績に繋がりません。
社員も商品という自覚が必要ですね。
建物と社員が一体となった、より強い会社づくりに貢献したく思っています。



帰り道、この地域の名物「ゆべし」をいただきました。
源平の時代に生まれたとも伝えられ、保存食・携帯食から時代と共に現在のようなお菓子に変化してきたと言われています。
本来は柚子の実の上部を切り取り、そこから中身を切り抜いて柚釜を作り、そこに柚子の果肉,もち米粉、上新粉、白みそ、砂糖などを混ぜたものを入れてむしたものを言います。ただ東北地方の「ゆべし」には柚子は入ってなく、味付けは醤油ベースで砂糖や黒砂糖の甘味で出来上がっています。もちもちとした感覚が歯ごたえがあって美味しいものですね。嫌みのない甘味もいい感じで口いっぱいに広がります。餅菓子といえるでしょうか。地域に馴染んで名物となってきたんですね。
お弁当は「牛肉の味噌やき弁当」です。
しっかりと盛りつけられたご飯の上に味噌漬けの牛肉の焼いたものが一面に広がっています。このお肉、味噌の味がついていて実に美味いですね。ご飯が自然に進みます。
久しぶりのブログ上でのお弁当紹介となりましたが、仕事帰りの空腹を満たすには最高のひと時でもあります。
地域を知り、地域の名物となる食品もそうですが、我々も地域に根差した住宅会社へと努力していきたいものです。
愛知県内での仕事でした。
普段は新幹線での移動が多い僕も今日はマイカーで仕事場へと向かいます。
春日井インターチェンジで、「東京方面」と大きく書いた紙を持った青年に出会いました。「ヒッチハイカー」です。

ハイカーの気持ちがわかる僕としては、思わず車を止めようかと思いました。が、残念ながら行き先とは反対方向、(頑張れよ!)と心の中で叫び通り過ぎました。
懐かしいですね。ヒッチハイク。
高校生時代から大学時代まで僕も随分とヒッチハイクの旅をしたものです。
なかなか車に止まってもらえなくて、ガソリンスタンドで待っていたり、坂道の上で手を上げたり、車が停まってくれると本当に嬉しかったものです。
数多くのドライバーの親切心に救われました。
乗車させてくださった、多くのドライバーの方々あらためてありがとうございました。

ヒッチハイクの旅は孤独です。
・・・・数多くの人達の車に乗せてもらって旅を続けます。
いろんな人たちの優しさにも触れることになります。
当然、その日の行動範囲も車で拾ってくれる人たちによって変わってきます。
不安もありますが、予定の立たない意外性が魅力でもあります。
人生も長い孤独な旅です。
多くの人達とふれあいながら長い道を歩き続けます。
ヒッチハイカーに乗車させてくれるドライバーのような数多くの人達が周囲に存在します。
「感謝心」を持って生きていきたいものです。
普段は新幹線での移動が多い僕も今日はマイカーで仕事場へと向かいます。
春日井インターチェンジで、「東京方面」と大きく書いた紙を持った青年に出会いました。「ヒッチハイカー」です。


ハイカーの気持ちがわかる僕としては、思わず車を止めようかと思いました。が、残念ながら行き先とは反対方向、(頑張れよ!)と心の中で叫び通り過ぎました。
懐かしいですね。ヒッチハイク。
高校生時代から大学時代まで僕も随分とヒッチハイクの旅をしたものです。
なかなか車に止まってもらえなくて、ガソリンスタンドで待っていたり、坂道の上で手を上げたり、車が停まってくれると本当に嬉しかったものです。
数多くのドライバーの親切心に救われました。
乗車させてくださった、多くのドライバーの方々あらためてありがとうございました。


ヒッチハイクの旅は孤独です。
・・・・数多くの人達の車に乗せてもらって旅を続けます。
いろんな人たちの優しさにも触れることになります。
当然、その日の行動範囲も車で拾ってくれる人たちによって変わってきます。
不安もありますが、予定の立たない意外性が魅力でもあります。
人生も長い孤独な旅です。
多くの人達とふれあいながら長い道を歩き続けます。
ヒッチハイカーに乗車させてくれるドライバーのような数多くの人達が周囲に存在します。
「感謝心」を持って生きていきたいものです。