高校2年の時初めてヒッチハイクをしました。
当時、小田実さんの書「何でも見てやろう」に感化された僕は、義務教育も終わってちょいちょいと学校をサボタージュして旅に出るようになりました。

 最初に一人で旅立ったのが新潟県への旅でした。このときは心細かったですね。
 そして友人と二人で九州へ15日間の旅、この時は春休みを利用して九州へ。博多までは列車で行きその後友人と帰りまで別行動、お互いがヒッチハイクで15日間長崎、熊本、鹿児島、宮崎、大分、福岡、佐賀とまわり博多でまた合体して帰ってきました。

 ヒッチハイクの旅は大学生になってからより頻度が増したように思います。
北海道をはじめ全国各地に足を運ぶことになりました。
ガソリンスタンドで給油に来る1台1台の車に「乗せてください」と懇願したことを懐かしく思い出します。せっかく車に乗せてもらっても疲労から助手席でついうつらうつらの状態が多かったのも事実、御迷惑をおかけしていました。
たくさんのドライバーの方々に親切にして頂きました。感謝の気持ちでいっぱいです

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 さて最近の話ですが、埼玉の女子中学生が石川県輪島にある日本航空高校の受験入試に向かった際、大雪による列車運休となってしまい、母親と二人が300キロ余りをヒッチハイクして試験会場に向かい受験、結果は無事合格でした。
 「横山さん」と名乗ったトラックの運転手さんの好意のおかげで明日への道が開けたのです。
 悲しい話や寂しい話が多い昨今、ついついジーンと心にしみてくる話でした。

 最近はあまりヒッチハイクの姿を見る機会がありません。
ヒッチハイクの旅人には是非、僕の車に乗っていただきたいものです。