関与先企業の業績が向上してくることは顧問としては嬉しいことです。
住宅会社専門の顧問として15年前に独立して最初に関与したのがに埼玉県の住宅会社ファイブイズホームでした。
当時の企業名は細井不動産、関与中に名前を変えてファイブイズホームと命名しました。
それまでの本社をショールームに、本社は隣の土地に変更して3階建てで建築しました。
ショールームの建築は僕が任されて担当しました。

 関与前、僕はあいおい損害保険会社の講師を依頼されていて全国の工務店さん相手に住宅会社の生き残りをかけた話を中心にして全国を廻っていました。

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 その僕の講演を聞きに来ておられたのが細井保雄社長です。
講演後すぐさま顧問になってほしいとの依頼を受けました。
当時の僕は現在ほどの多忙さはありませんでしたし、細井社長の熱心さにも引き付けられ快諾しました。

 当時の細井不動産は年間売り上げ30億、5年近く売り上げが伸びていない状態が続いていて細井社長も随分と悩んでらっしゃいました。
それから3年以上、毎月2回の訪問をして朝から夕方までしっかりと積水ハウス時代の経験を生かして社員さんと一緒になって指導させていただきました。

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 現在ファイブイズホームで取締役営業部長になっておられる飯嶌さんが、営業責任者で僕の言うことに対して随時従順に対応されました。
彼も真剣でとにかく一生懸命だった思い出があります。
社員教育も熱心でした。
必ず毎回最寄りの駅である行田の駅で迎えてくださりお送りもしてくれました。
僕と同様、飯嶌部長(当時)も熱い男でした。

 結果は見えていました。
30億だった年間売り上げは1年経過して43億に、2年目経過して60億に、そして3年経過して72億まで向上していったのです。
今やファイブイズホームの売り上げは220億となり埼玉県では有数の住宅ビルダーとなっています。
僕の関与先は9割以上が業績向上していますがその中でも著しい上昇企業です。
僕にとっても大変にうれしいことでもあります。
 細井社長はじめ社員の皆さん方の努力に敬意を表し、今後のますますのご発展を祈っています。


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 そのファイブイズホームは本社が埼玉の行田市にありますが徐々にエリアの戦略をしていきました。
僕も自分の会社のように親身になってファイブイズホームの成長を願い指導しました。
隣の熊谷市,羽生市、北本市、深谷市、鴻巣市・・・徐々に勢力を拡大しまた拠点展開をしました。
決して無理はしませんでした。
少しずつバトンをつなぐように販売エリアを大きくしていくことは重要な要因です。
かつて僕は積水ハウス時代、中部地域のマーケティングシェア委員長でした。
そしてまた全国の副委員長でした。
エリアの戦略をいかにしていくかを常々学んでいました。
エリア拡大のポイントは無理をしないで陸続きで戦略していくことです。
これはもう戦国時代の武将になったつもりで考えていくことです。

 ファイブイズホームは現在埼玉県からその矛先を群馬県へと伸ばしていっています。
高崎、伊勢崎、春日部あたりが重要ターゲットとなってきています。
この戦略は間違っていません。

 販売エリアを知らずして戦略を語ることは無意味です。
経営が少し良くなっただけで人の話を聞かなくなる経営者もたまにいらっしゃいます。
かつて愛知県の某マンション販売会社の経営者は愛知からいきなり東京へと戦略の場所を設定しました。
僕はこの会社に3年間関与して60億から100億以上の売り上げの企業に成長していました。
東京進出には賛成できませんでした。
やめておくように進言しましたが、この社長は聞く耳を持っていませんでした。
そしてこのことが原因で会社は厳しい状態になっていきました。

 積水ハウス時代徹底したエリアのマーケティングを実行しました。
結果は見えていました。
業績の進捗が間違いありませんでした。
戦略に答えはあります。
経営者の皆さん方にはしっかりとしたエリア戦略をお願いしたいものです。