カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
寂しい話ですが最近の傾向として研修終了後の質問が減っています。
どうやら全国的な傾向の様です。
講師としてはもっと積極的に、どんなことでもよいのですが質問が欲しいものです。
「わからない」ことは恥ずべきことではありませんから・・・。

僕は以前、トップ営業マンになりたくて、トップ営業マンの真似をしました。
トップ営業マンと同じ行動をすれば同じような結果が出てくると信じたからです。
多忙なトップ営業マンにもいろいろと質問を浴びせたものです。
また、とにかく「量」をこなしました。
「量」をこなすと、そのうちに人間は学習するものです。
不思議と自然に結果に結びつく「質」が出来てきました。

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お客様にもいろいろとご質問させて頂きました。
質問をしていると自然に接客時間が増えました。
お客様もたくさん会話をして下さったように振り返ります。
これは人間関係の構築に役立ち、契約にもつながりました。

さて、最近ある受講者(営業リーダー)からご質問を受けました。
「業績向上のポイントがあれば教えて頂けますか」というものでした。
かつて社員さんに向けて発表した『強いチームの条件』を思い出しました。

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『強いチームの条件』
1、強いチームは現実的である。
2、強いチームは具体性がある。
3、強いチームはスピードがある。
4、強いチームは社内の一体感がある。
5、強いチームはコミュニケーション度が高い。
6、強いチームは時間を資源と考えている。
7、強いチームは顧客を大切にしている。
8、強いチームは基本に忠実である。
9,強いチームは社員一人一人が経営感覚を持っている。
10、強いチームは社員が互いに関心をもっている。


「ASK AND IT SHALL BE GIVEN YOU」
(求めよ!さらば与えられん)


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僕に対して質問をくれた受講者さんは、目が輝いていたように思われました。
ポジティブな感じで、気持ちの良い人でした。
こんな人と一緒に仕事をする社員さん達は幸せなのではとも感じました。
業績向上を願ってやみません。

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カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
僕にとって住宅展示場は懐かしい場所です。
ここはお客様との出会いの場でもあり、戦いの場でもありました。
今や、SNSの時代となって住宅展示場の在り方が形を変えてきているとも言えます。
かつてと比較して来場者数も減少傾向ではありますが、それでも存在価値は大きいと言えるでしょう。

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懐かしい昔の自分に出会うような気持で時々は住宅展示場に顔を出させて頂きます。
モデルハウスはどこもかしこも豪華に出来ています。
実は、かつて私の上司が標準仕様の展示場を創ったことがありました。
結果はというと業績向上に結びつくことはありませんでした。
どうやら来場されるお客様は皆さん同様に、多少現実離れしていても「夢」のある住まいを求めておられるようでした。

そんな経験値から自分が東京の支店長時代、これでもかという感じで豪華な展示場を創ったことがありました。
3億円の費用を掛けました。
外構工事には3000万円の費用を掛けました。
驚きました。
高額な展示場にはそれなりのお客様が来場されるんですね。
モデルハウスに来場されたお客様から数多くの高額の受注に結びつきました。

住宅会社の顧問の仕事を任されるようになってから、関与先の住宅展示場に対して、来場者の方々の感性に訴える展示場を創るようにお薦めしました。
それは無機質なものでなく「ワクワク・ドキドキ」感を大切にしようという事です。
設備や家具、置物にも独自の工夫をし、視覚・嗅覚・味覚・触覚・聴覚の五感を重要視しました。
例えば、 明るさだけを追求するのではなく、暗さも大切にするとか・・・。
また再来場されるような工夫もしていました。
生活感や日本人が大切にする季節感も重要視しました。
話題性のある展示場にもしていました。
そして何よりも大切にしたのは接客対応です。

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わざわざ時間を作って来場して頂くお客様に期待以上の会社・住まいであるという印象を持って帰って頂くこと、全身全霊で「おもてなし」をしようという事です。

「出迎え3分に見送り7分」という言葉を意識しました。
「ようこそ、お待ちしていました」という歓迎の気持ち、そして「ありがとうございました、また是非お会いしたいものです。今後もお付き合いください」と言って送りするという事です。
「見送り」の際は「出迎え」以上の気持ちで対応しようという事です。

来場されたお客様とは、接客の後には他人ではなく、共通点を持つ知人・友人になってお帰り頂くという事です。
お客様との接客に要する時間は2時間を目安に、そして宿題を頂くことも意識しました。
可能な限り、次回のアポイントをお約束することも・・・・。

最近では、住宅メーカーの住宅の坪単価は120万円~130万円というかつてと比べて随分と高額になってきました。
お客様と接客するアドバイザーの社員の対応は果たしてそれに相応したマナーや気遣いが出来ているでしょうか・・・?

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展示場を見学させて頂きます。
建物の構造や価格もさることながら、社員さん達の接客対応を見学させて頂くのが一番のポイント(目的)と言って過言でありません。

住宅産業は「おもてなし産業」ですね。
人が人生で購入する一番大きな商品を「ホスピタリティ」で包み込みたいものです。
是非、お客様には「感動」を味わっていただきたいものです。
そして私達もまた、お客様の感動に「感謝」して自ら「感動」を味わいたいものです。







カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
積水ハウス時代、会社を挙げて工場見学を定期的に行っていました。
『住まいの参観日』にご来場いただいた後のお客様に対しての次のイベントとして全国の工場に誘致を計っていたのです。
企業を知って頂くことは大切な事です。
通常、人は知らない会社とは契約しません。
特に住宅ともなると信頼が必要不可欠です。
積水ハウスはこの後工場を「夢工場」とネーミングし、工場見学を楽しんで頂く形へと変えていき大成功でした。
いわばハードからソフトへの転換、顧客目線への切り替えであったように振り返ります。

7月末のこの日、かつての後輩社員さんを誘って工場見学に顔を出しました。
以前から興味があった二つの企業、「七福醸造」さんと、「石川鋳造」さんです。
「ガイヤの夜明け」や「カンブリア宮殿」などのメディアに登場されている素晴らしい企業さんで予約しての参加です。
どちらの企業も愛知県・碧南市に本社を置いており僕のオフィスからは1時間半の距離、ちょうど1日で学習できる格好の機会でもありました。

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「七福醸造」さん、
まずは、会社に着くやいなや社員さん達から次々と「こんにちわ」「いらっしゃいませ」の声が飛んできて気持ちの良い爽やかな印象を受けました。
まさに「企業は人なり」を実践しておられる感覚です。
この七福醸造さん、「ありがとうの里」というネーミングで工場見学を実施されておられます。
いろいろとユニークは取組みをしてらっしゃいまして興味津々でした。
例えば、学校のトイレ掃除、毎朝1時間の環境整備、道路のごみ拾い・草刈り、早朝環境ミーティング、100キロ歩け歩け大会…など色々活発です。

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その中でも100キロ歩け歩け大会には驚きでした。
今年も10月に予定されているこのイベント、27回目を迎えます。
当初、社長が「今秋は100キロに挑戦!」社員「えーー」「?無理です~!」というみんなのブーイングをしり目に平成8年に開始、いかに多くの「感動」「感激」「感謝」を味わうことが出来るかという社長の想いがあったようです。
僕もかつて100キロウォークを経験しており大変だった記憶があります。
コンプライアンスやハラスメントが叫ばれるこの時代ですが、拍手喝采の気持ちでした。
なんでも多い年には1700名の参加者があったという事だそうで、また養護団体や環境団体への寄付も行っておられるそうです。(素晴らしいですね)

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「石川鋳造」さん
カンブリア宮殿にも出演された石川社長直々に2時間たっぷり工場内の案内と、大ヒット商品「おもいのフライパン」で焼いたステーキを、ご馳走していただきました。
「おもいにフライパン」は今までの常識(フライパンは軽い方が良い)をひっくり返し、通常の3倍にあたる重いフライパンで調理する料理のおいしさが大うけした商品です。
自分たちの強みを分析、技術力と製品、品質の良さを基盤に「鉄厚ければ肉旨し!!」「世界一美味しくお肉が焼ける」というキャッチフレーズです。
創業1938年、現社員は40名、かつては自動車、水道管の仕事が殆どでしたが、18年前から
はフライパン事業が主になっています。

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4代目社長は野球経験者、高校野球の監督業も6年間経験したスポーツマンで。現在はゴルフが大好きという事です。
一般にフライパンの厚みが1,7ミリ(570g)に対して、おもいのフライパンは厚さ3ミリ(1837g)価格はというと通常のフライパンの10倍近いのですが商品待ちのお客様で溢れているという事です。
確かに食したお肉のおいしさを考えると一家に一つは置いておきたいと思わせる「おもいのフライパン」であることもうなづけました。
鉄くずの再利用から始まった新商品の開発はまさに大成功という事ですね。
新商品「頂き」も高評価、目指すはブランド力のアップ、ふるさと納税にも大いに寄与しておられ、SNSを活用した新戦力、矢場とんやドアラとのコラボレーション、ECO・食の安全・食の楽しみ・・・・と石川社長の情熱はこれからも期待できそうです。

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カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
数年前にジャーナリストの田原総一朗さんの講演をお聴きしました。
結構前の席で目を凝らして真剣にお話を伺っていたら、偶然にも田原さんと目が合って、その後随分と僕の方を見つめてお話しされた記憶が残っています。
有難い事で、受講者の僕はしっかりとうなづき、相槌をうって、また講演後は大きな拍手をいたしました。

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その田原総一朗さんが頑張っておられます。
何と91才になられたらしいです。
僕にとっては何とも嬉しい限りです。
BS朝日テレビでは日曜18時から「クロスファイア」の司会もしっかり継続されておられます。
ああやって前向きに仕事をなさることが何よりの健康の秘訣のような気がします。
動画では田原総一朗さんの朝食を題材にしたものも在ります。
随分と朝から多くのメニューを食しておられます。

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田原さんの朝食は何と「田原総一朗の生態密着シリーズ」とのタイトルで動画になっていました。
その朝食の一例です。
・乳酸菌飲料(ヤクルト1000)
・野菜ジュース
・麦茶
・リンゴジュース
・ポーチドエッグ
・牛乳
・レタス
・食パン(トースト+バター)
・果物
・ヨーグルト(R-1)
・アンパン
・温かいお茶

ざっとこんな感じなのですが、書物が山と積まれた書斎の一角で食しておられました。
その量と品数の多さに驚きましたが、あのバイタリティの原動力を感じました。
食後の後片付けもばっちりで流石です。
見習いたいものです。

食べる事は大切ですね。
そして、睡眠と、運動は不可欠です。


僕も2年半前に大きな手術をいたしましたが、その後もリハビリを継続しています。
ほとんど毎日約1時間のウォーキングを実施しています。
目安として1日7000歩動くようにしています。
幸いにして歩くのにもって来いの市営の遊歩道がオフィスの近くにあります。
手術後一時期は車いすだったのですが、今では仕事にも支障はありません。
(多少、手術の後遺症があって歩きにくい現実はありますが…)
睡眠は7時間程度眠るようにしています。
平均して夜の12時就寝、朝7時起床という感じでしょうか。
殆ど熟睡ですが、多少起床時が辛い場合がありますのが気になる点です。

嬉しいのは食欲がしっかりとあるという事です。
田原さんには及びませんが食欲旺盛、食事が楽しみですね。
美味しい物にはついつい手が出てしまいます。
結構自分でいろいろとレシピを観ながら料理もするようになりました。
最近はカロリー計算をして健康管理も意識するようになりました。
野菜と魚・肉はなるべく食べるようにしています。
大正製薬さんの「あすけん」というアプリを使わせてもらっています。
毎日のデータを取ってグラフにしています。
体重・体脂肪・体年齢・血圧・内臓脂肪レベル・骨格筋率・基礎代謝・BMIなどは3年以上グラフになっています。

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いろんな人との交流も健康に有効な気がします。
脳のトレーニングをしたり、本を読んだり、テレビを観たり、何事にも関心を持つことも重要な気がします。

ウォーキングで歩くのも手術後はきつかったですが、少しづつ和らいできました。
歩くのも仕事と自分に言い聞かせて一歩一歩足を前に出しています。

健康が一番、田原総一朗さんをお手本にして頑張る覚悟です。
何でも今年は昭和から数えて100年、大きな転換期になるそうで、確かにそんな感覚がありますね。

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懐かしいフォークシンガー加川良さんの『教訓1』の歌にもあります。
♪命は一つ、人生は1回、だから命を捨てないようにね・・・と。
大切な命、大事にしたいものです。





カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
4月13日から大阪・夢洲で大阪・関西万博が始まっています。
10月13日までの約半年の期間です。
皆さんは行かれる予定ですか?

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実は僕は万博に思い入れが人一倍あります。
このブログでも書いたことがないと思いますが、実は僕は1970年の大阪万博で働いていた経験があります。
もうずいぶんと年月が経つ訳ですが、1970年、高校を卒業した日の翌日(3月2日)から
今でいうフリーター感覚で僕は大阪万博のフランス館に勤務していました。
当時の僕は海外に憧れを持ち、せっかくの日本で開催される万博に大きな興味を抱いていました。
大学へ行く事ももちろん考えていましたが、その前にまず働いてみる事もいいんじゃないかという事で、ちょうどタイミングよく開催された大阪万博に応募したわけです。
何をやっていたかと言いますと、実は当時の仕事で唯一OKだったのが警備の仕事でした。
現在のALSOK、当時綜合警備保障㈱と言いましたが、そちらの企業の仕事をした訳です。
もう55年前の話ですが万博に対する思いが強かったせいというか、世界をこの目で知ってみたいという気持ちでした。
当時の海外旅行はなんていっても1ドルが360円の時代です。
海外旅行は夢のまた夢という時代でした。
国内をヒッチハイクで廻っていた僕ですがさすがに海外には疎遠でした。
ですから、身近で開催された万博でインターナショナルな経験をしたいという願望で出かけたわけです。

当時の僕は18才、千里ニュータウンの仮設の建物での寮生活、2段ベッドでの集団生活は大変でした。
ずっと家での生活をしていた僕にとっては毎日が試練の日々でした。
僕の下の人間は誰もいません。
先輩方からの厳しい叱咤もありました。(いい勉強です。)
逆に優しい先輩たちもたくさんおられました。(感謝です。お世話になりました)
大学生のアルバイトの方々が数多くいらっしゃいましたが、元自衛官の人も多かったように振り返ります。
仕事は24時間勤務(仮眠時間が4時間ありました)翌日が休みという勤務形態でした。
休日は睡眠と、掃除、洗濯、雑用で時間が足りませんでした。

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フランス館の入り口に直立不動で立っていました。
動くなと言われていて随分ときつかった思い出があります。
フランス館の皆さんには「ボンジュール」「ボンソワール」とか「メルシー」の挨拶に始まり、片言のフランス語をお話しして可愛がっていただいていました。
フランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」を毎日のように耳にした思い出があります。
当時の 4つの白い球体が並んだエアドームのフランス館は夜は1235個のストロボランプが点滅し、昼は白い塗装が優雅で清楚は印象を与えていました。

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なんていってもこの大阪万博は凄い人、人で溢れていました。
岡本太郎さんの作品「太陽の塔」はしっかりと覚えています。
そして何と言ってもアメリカ館の「月の石」が超の付く大人気でした。
6か月の開催期間の来場者数は6421万人、1日の平均入場者数は35万人でした。
参加国は76か国、展示施設は32施設でした。
ちなみに入場料は大人で800円、子供が400円だったと記憶しています。
参考に、当時の平均月収は5万円です。
会場にいたおかげでパビリオンのほとんどすべてをこの目で見させて頂きました。

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万博のテーマは『人類の進歩と調和』
三波春夫さんや、坂本九さんの「♪こんにちわ、こんにちわ西の国から・・・」で始まるテーマソングも懐かしいですね。
日本中が活気づいていました。
後に沖縄や愛知で開催された万博もありますが、この大阪万博の盛り上がりは最高に凄かったと思います。

現在開催されている大阪・関西万博に対して個人的に行きたいという気持ちと、興味を抱かない気持ちが錯綜しています。
今回のテーマは『いのち輝く未来社会のデザイン』ですね。
キャラクターの「ミャクミャク君」ももう一つ魅力に欠ける感じです。

若かったあの頃の希望が溢れていた時代、万博も夢でした。
今回は不参加のロシアが、当時はソビエト館で存在感のある大きな建物で出展されていました。
残念ながら、現在の世界情勢は希望とは遠い現実が存在します。
世界の人が夢を追って明るい未来をと考える状況とは少しばかり違ってきているように思えてなりません。

それでも万博には人を魅了してやまないものも在るように思います。
行ってよかったという人が多ければ足を運ぶことにもなるのでしょうね。
かつての自分の様に、若い人たちが希望と夢を抱いて出かけていく万博であってほしく望んでやみません。




カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
今まで住宅会社を中心に本当に様々な企業のお手伝いをさせて頂きました。
幸せな事です。
多忙だった10年間は正月とゴールデンウィーク以外が仕事日でした。
全国で仕事での御縁を頂いたことは感謝しかありません。
そして今、年齢も高くなってきましたが、現在も定期的に仕事を頂いています。
これはもうありがたい事です。(感謝しかありません)
正直、自分自身が仕事が好きであることも事実です。
学生時代の8人で構成されている友人グループがありますが、悲しきかな一人は若くして故人となりました。
後の7人も現状は仕事から離れているようです。
僕からすると少し寂しい感じもしますが、逆に残った自分は他の友人の分まで頑張ろうなんてことも思ったりもします。
いつまで仕事ができるか(健康上の問題もありますから)わかりませんが、理想を言えば一生現役が最高ですね。

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さていろいろと企業に顔を出させて頂いた中で共通して行ってもらう試験があります。
何かというと「自分の会社の事知ってますか」という検証テストです。

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例えば・・・
1、会社の年間売上はどのくらいですか?
2、会社の創業はいつですか・・・?
3、会社の企業理念は何ですか・・・?
4、会社の今年度の基本方針は・・・?
5、会社のライバル会社は・・・?
6、会社の強みは何ですか・・・?
7、社長のフルネームは・・・?

…ざっとこのような類です。

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ところがです。
意外や意外、正確に答えが出てこないのが現実です。
入社したばかりの新入社員さんや、派遣社員、アルバイトさんならともかく、会社によってはマネージャークラスまでがご存じないなんてことも稀にあります。
(これは大変に驚きでした)

よく実行するテストで自己検証というものも存在します。
自分の事どこまで知ってますか…といったものですが、こういった検証も随分と役立つものです。
他人から見た自分と自分の思っている自分のギャップに気づくことも大切ですね。
自分を知る為には他人という鏡に自分を映すことが重要なんですね。

組織として、企業として、会社が生き残るためには会社が強くなることが不可欠です。
自分を知る事もですが、自分の会社を知っておくことも重要です。
そういった意識が会社の売り上げを増やす、利益を生み出す原動力になっていくものでしょう。

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自分が働く、毎日顔を出す自分の会社、キッチリと知っておく事大切ですね。
しっかりと意識しておきたいものです。




カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
従来よりは少なくなってきているものの、今年も年賀状をたくさん頂きました。
「ありがとうございます」
今年で賀状を終えたいとされる挨拶の方も少なからずおられました。

そんな中で元気を頂ける年賀状があります。
有難いことです。
サラリーマン時代の支店メンバーで今は時の人となっている中村悟君、日本で一番社員の年収の高い会社を築いて、入社したい企業の代表格でもあります。
ご存じでしょうか・・・・?

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「M&Aキャピタルパートナーズ」の創業者、代表取締役社長です。
彼はいつも僕を当時の「加藤支店長!」と呼んでいてくれます。
実に熱い男でした。(今も熱いですね)
だからこそ起業した後の大成功もあるのでしょう。


かつて講演の講師としてご一緒させて頂いた木越和夫先生から賀状を頂きました。
いつも教訓となるお言葉で綴られています。

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おだやかに、にこやかに、なごやかに。

「80才になりました。びっくりしています。
頂いた余生、おだやかに、にこやかに、なごやかに過ごしたいと思います。
・ありがとうをいっぱい言おう!!
・ありがたい事を口ぐせにしよう!!
・良かったですね。人のよろこびを自分のよろこびに。
・人の良いところをもっともっと褒めよう!!
・ふっくら笑顔で接しよう!!
・出来なくなったことより、まだ出来る事教えよう!!
・いつも少し挑戦し成長を実感しよう!!
・趣味は楽しみましょう!!
・老いては好きに従いましょう!!」
…と在りました。

福井県で箸匠せいわを経営されておられます。
有限会社「商売繁盛応援団」の応援団長でもあられます。

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講演では、箸一筋の事業人生のユニークな経営を語って頂けます。
地方創生、地域活性、CSやES、事業承継などがテーマでお話しされてらっしゃいます。
そしてその講演の特徴はというと・・・
・分かりやすい
・すぐに役に立つ
・実感する
・勇気がわく
・笑う、楽しい

…という事です。

実に素晴らしい講演をなさる方です。
お話をお聴きしていると心がウキウキしてくるから不思議です。
木越先生、今年もお元気で良い年でありますように祈っています。
今年も先生の年賀状、教訓にさせて頂きます。(感謝)




カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
今まで顧問として関わらせて頂いた企業様は延べにすると50社ぐらいになると思います。
そのほとんどが住宅会社です。(90%ぐらいですか)
一番長くお付き合いさせて頂いた企業は13年に至ります。
そして、ほとんどの企業において2年以上毎月顔を出させて頂きました。
最初の顧問契約で、毎月2回顔を出す事と2年以上継続していく事を約束事にさせて頂きました。

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あえて正直に申し上げると、残念ですが、かかわりを持った全ての会社が業績アップしたわけではありません。
但し、90%は業績が右肩上がりになったように振り返ります。
費用対効果という言葉がありますが、個人的には随分と貢献させて頂いたのでないかと自負しております。
顧問契約終了後送別会を開いていただいたり、わざわざ御礼のお手紙をもらったり、2年の約束事が13年まで延長したり、再度顧問契約をお願いされたり…有難いと感じたことも多々あります。

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では、 どうして業績が向上したのかと分析をしてみます。
1、机上論ではないという事。
実際の27年間の実務経験が役立っていると自負しています。
あくまでも現実的なコンサルティングであるという事です。
私は机上論を唱えるコンサルタントではありません。
2、顧問先の社長が私の話を真剣にお聞きくださり、実行に移されたという事
社長であろうとも従順に人の話を聞かれ会社のかじ取りをすることは大切ですね。
3、社内の一体感、コミュニケーション度が上がったこと
大きく言えば「集団」が「組織」に変化していったという事です。
4、変化を恐れなくなったという事です。
刻々と変化していく世の流れの中で企業の変化も必須です。
一番楽な事は変わらない事ですが、しっかりと変革する意思が重要です。
5、抽象論でなく、具体論で論議するようになったこと。
日々、何をやるかという事を決めた上で、実行し検証した事。


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そういった中で分析すると一端業績向上した企業が、その成長についつい油断をしたのか、その後伸びが鈍化して以前の状態に戻ってしまった企業もありました。

業績が良くなると、社長をはじめ幹部が、よく言う天狗になってしまって人の話を聞かなくなる傾向があるようです。
私としては残念でしたが、どうやら人間はそういうところがあるのかもしれません。

逆にこちらが重要視した基本業務の徹底を成し、社内の結束度を強くし、顧客目線で仕事をするようになった企業様は、進捗率が大きく業界の中でも大きく飛躍しました。
エリアの中で地域に密着し、地域の特性を認識して(様々なマーケティングを成して)活動された企業は新たに地域基盤を強くされたようです。

企業はトップ次第で随分と業績が左右されるとつくづく感じています。
もっと言えばチームはリーダー次第で向上したり、衰退したりもします。
「企業は人なり」とはよく言ったものです。

顧問会社の中には、僕が随分と感心した企業もありました。
まさに住宅会社の本来あるべく姿であると思わせる会社でした。
その中には営業職が存在しない会社も存在しました。
この企業の社長の話では紹介営業が身についていて、地域の人たちから当たり前のように声がかかると言う事でした。
もう「素晴らしい!」ということ以外ありません。

全員が営業という会社もありました。
地域の人から愛される住宅会社でした。
設計や、工事担当者が営業業務もかねておられました。
僕の目で判断しても、その仕事量は半端ないものでした。
少数精鋭で驚きの売り上げや利益を上げることが出来ました。
その社長や社員さん達の一体感は他に類を見ません。

いろいろと企業を見てきて思うことは、企業格差というか、温度差がくっきりとあるという事です。
会社に顔を出せばどんな社員さんも仕事をしていると考えるものです。
ところが果たしてどれだけの社員さんが生産性の共なる業務をこなしているでしょうか?

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トップは、リーダーはこういったところを直視することが大切ですね。
結果が出る為に、どういう仕事をしていくか・・・。
毎日の計画・実行・検証の徹底、社員さん一人一人のモチベーション、経営参画…すべてはトップの毎日の指導実践から始まると言って過言でないように思えてなりません。


カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
かつて積水ハウスの営業時代、住宅業界が総合展示場中心の集客手法になってからは特に競合する事が当たり前になりました。
もちろんこういった現象は今でも避けては通れない現実ですが・・・。
特によく競合先になったのは大和ハウス工業さんでした。
大和ハウス工業は積水ハウスよりも住宅業界に進出したのは5年先輩であり、確か昭和30年だったと記憶しています。
実は僕は就職先に住宅会社として積水ハウスと大和ハウス工業の試験にパスして、積水ハウスを選択したという過去があります。
当時は後発メーカーの積水ハウスの方が勢いがあったという感覚でした。

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積水ハウス時代、常に大和ハウス工業は僕にとって意識する住宅会社でした。
皆さん、住宅大手のメーカーは販売には苦労しておられないと思いがちかもしれません。
が、日常において実際は随分と泥臭い営業をやっていたのが事実でした。
公的販売で抽選になる事が目に見えている土地を見に来られるお客様に対して現地でアドバイスをしたり、例えば中部圏最大のニュータウンの空き地に関しては一区画一区画細かに土地所有者を調べすべての所有者に対して個別に営業活動を実施しました。
こういった活動は他社が殆ど実行していることはなかったのですが、唯一我々と大和ハウス工業だけは地味ですが、細かにやってらっしゃって営業における細心さを常々感じていました。

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またJA(かつての農協)とタイアップしての営業活動や、TKC(税理士)に対してのコラボレーションなどは、大和ハウス工業が先駆者であり、私達は真似するしかなかったこともありました。
特に印象的だったのはJAの方々の葬祭時に大和ハウス工業の大きな花輪の飾りつけが常に目立っていたことでした。
つまりはそれだけ人間関係もしっかりと出来ていたという事でしょう。
また自社で経営するロイヤルホテルを使ったオーナーさんへの対応も目を見張るものがありました。(それに対抗して僕は支店長時代、オーナーさんを温泉に招待していました。)

今、僕が仕事先に向かう宿泊先としてよく利用するのはダイワロイネットホテルです。(今ではとても人気が高いホテルとなっています)
またその際地元の駅でマイカーを駐車場として使用するのはダイワパーキングとなっています。
そして買い物に顔を出すのは大和ハウス工業が経営するショッピングモールでもあります。
凄いですね大和ハウス工業、こんなことをしたらいい、こんなものがあったら良いという思いをしっかりと把握して顧客目線に立った経営を実行してらっしゃる感じがします。

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かつて積水ハウスは、僕の営業時代に住宅業界として初めて1兆円の売り上げを達成しました。
当時の我々は業界1位としての自負と、粉骨砕身で目標達成していくのだという強い想いがいつもあったように思います。
現在積水ハウスは売り上げが3兆円、それに対して大和ハウス工業は 売上高は5兆2千億円と大きく差を広げてきています。(もちろん双方共に素晴らしい実績です)

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積水ハウスのOBとして「負けるな!積水」と心で叫びながらも、大和ハウス工業の業績の推移に敬意を表します。
我々がどうしても勝てなかった商業施設への展開、店舗・事務所・医療・介護・倉庫・工場・不動産開発・エネルギー、ハウジング部門も住宅・マンション・リフォーム・保険・戸建て・運営管理・賃貸、そしてホームセンター、ホテルリゾート、スポーツクラブ・クレジットカード・・・「共に創る、共に生きる」をスローガンにして走り続けています。

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顧客が何を思うか?
顧客が何を必要とするのか?
顧客目線に立った事業形態がここにあると言っていいでしょう。
大和ハウス工業は石橋信夫氏が「先の先を読め」と基盤を作り、樋口武男氏の「熱湯経営」で飛躍して現在の芳井敬一社長へと熱い魂が受け継がれています。


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「なんでダイワハウスなんだ!」というシュールなCMは皆さんもご存じではないでしょうか?
その理由が経営手法に表れていると言っていいでしょう。



カテゴリー:接客/サービス
author: Masahiko Kato
今月8月6日の『住宅産業新聞』に大和ハウス工業の顧客満足に関する記事が掲載されていました。

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どんな内容かというと、住宅の施工責任者が毎日お客様に対して、建設中の住宅の様子をメールで報告・連絡するといった内容でした。
そして、その結果としてアンケートによるお客様満足度が上昇したというものでした。
こういった記事を見ると嬉しくなりますね。

職人さんの関係もあって毎日建設現場が動くかどうかは不可解ですが、お客様の立場に立って考えると、こういった行動は安心につながりお客様も嬉しいものだろうと推測出来ます。

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かつて私達は、1週間に1度のお客様に対しての電話コールで工事の進捗状況を現場監督が連絡するといったことを実行していました。
お客様からの評価が高く、結果として新築パーティに現場監督が招待されたり、またお客様の知り合いの方をご紹介いただけるといった結果も出て、受注の増大にも結びつきました。
営業からすると、契約まで懸命に育ててきたお客様の関心が現場に向いてきて、現場監督に対して何かしらジェラシーに似た感情を覚える事もあったようです。

現場監督の仕事は現場をしっかりと管理する事であり、安心・安全の確保、そしてまた現場で仕事にあたってくださる職人さんとのコミュニケーションが大切です。
近隣に対しての配慮もとても重要ですね。
また工事現場は、本来の展示場の役目を果たしていると言っても過言でありません。
ですから工事現場における整理・整頓・清掃・清潔・躾などの5S運動も推進したものです。

ちなみに僕の関与先の某工務店さんは営業担当がいません。
全員営業で業務にあたり、設計や現場監督が営業業務を担当します。
ですからお客様の信頼がとても高く、紹介も多い会社を築いてらっしゃいます。

また地域の工務店さんで、地域密着がしっかりと出来ていてエリア内の建築予定のお客様は住宅建築の計画が出てきたときには、殆どの方がこの工務店さんに相談するといったことが当たり前化されている会社も存在します。
長年培われてきた「信頼」がこういった形になったという事でしょうか。

かつて積水ハウス時代、当時の社長から「大なる工務店であれ!」と言われたことがありました。
また当時は「安全第一、工期厳守」という標語が掲示されてもありました。
今は「人間愛」が社是になっていますが、かつては住宅会社の原点が掲げられていた様です。

大切な事、時代が変わっても変えてはならない事は「お客様目線」で仕事をするという事ではないでしょうか。

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年を追うごとに新設住宅着工戸数は減少しています。
生き残りをかけて住宅会社も様々な手法を考慮していますが、本来あるべき住宅会社の使命を真摯に考えた時、「顧客目線で仕事をする」ことを忘れてはならないでしょう。

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いつもどこかでお客様を意識する。
お客様に関心を持つ。

忘れたくない大切な住宅会社の姿勢です。